御手洗グループ修士2年の木村です。2026年3月14日から3月20日にかけてデンバーで開催された APS March Meeting 2026 に参加したので、その報告をまとめます。

APS とは

American Physical Society (APS) は、1899年に設立された世界最大級の物理学会です。物理学の発展と普及を目的としており、アメリカ国内にとどまらず世界中の研究者にとって重要な存在となっています。APS は年に数回大規模な国際会議を開催しており、特に次の 2 つがよく知られています。

  • March Meeting: 物性物理学や量子情報などを扱う会議で、世界中から 1 万人以上の研究者が集まる大規模なイベントです。
  • April Meeting: 粒子物理学、核物理学、宇宙物理学、重力などを主題とする会議です。

今回私は March Meeting に参加しました。

デンバーとは

デンバーはアメリカ・コロラド州の中北部に位置し、ロッキー山脈の真東にあります。標高は約 1 マイル(1609 メートル)で、高山性の気候が特徴です。気温の年較差だけでなく日ごとの変化も大きく、到着した当初は -3℃ 程度だったのに、その後は最高 28℃ まで上がり、気候の振れ幅に驚かされました。

街路は碁盤の目のように整然と区画されており、その整然さはかなり印象的でした。治安もアメリカの中では比較的良いように感じ、日中であれば一人で歩いていても大きな不安はありませんでした。

会場の印象

会場となったコロラドコンベンションセンターは、縦にも横にも非常に大きく、世界中から研究者が集まる会議の規模を実感しました。

口頭発表

3月20日には、arXiv:2603.12706 に関する口頭発表を行いました。内容は、量子位相推定における代表的な量子回路に対して、回路深さと総実行時間の下限をフィッシャー情報量とクラメール・ラオの下限を用いて導出するというものです。

発表中は緊張していて、聴衆の反応を落ち着いて見る余裕はほとんどありませんでした。それでも研究室メンバーから、写真を撮ってくれていた方が多かったと聞き、うれしく感じました。初めての国際学会であり、同時に初めての海外でもあったためとても緊張しましたが、よい経験になりました。

気になった研究

Quantum Filtering and Analysis of Multiplicities in Eigenvalue Spectra

量子多体系の解析では、基底状態のエネルギーだけでなく、各エネルギー準位の縮重度を正確に把握することが、トポロジカル秩序や相転移の理解において重要です。今回の発表では、それを効率的に実現する新しいアルゴリズム QFAMES(Quantum Filtering and Analysis of Multiplicities in Eigenvalue Spectra)が提案されていました。

従来の量子位相推定(QPE)などは、単一の初期状態から得られる情報に依存するため、近接したエネルギー準位や縮重した状態を個別に識別するのが難しい場合があります。QFAMES が縮重度を特定できる鍵は、次の 2 点にあると理解しました。

  • 複数の初期状態の相関を利用すること
  • ガウス型フィルタリングによって数値的な安定性を高めること

単一の状態ではなく、対象となるエネルギー領域に重なりを持つ複数の初期状態を準備し、それらの間の相関を含む行列要素をサンプリングすることで、エネルギー準位の位置だけでなく縮重度まで抽出できる点が興味深く感じられました。また、量子 Krylov 部分空間法の設計思想を継承しつつ、ガウス窓によるフィルタリングを導入しているため、ノイズ耐性や計算の安定性も向上しているようでした。

量子位相推定の知識と量子 Krylov 法の知識が融合した新しいアルゴリズムで、とても面白いと感じました。新しいアルゴリズムは、既存手法の要点を深く理解して初めて生まれるものだと改めて思い、今後も学会に積極的に参加して知見を広げていきたいと強く感じました。

End-to-End Efficient Quantum Thermal and Ground State Preparation

この発表は、量子多体系のギブス状態(熱状態)や基底状態を準備する手法として、散逸型状態準備(Dissipative State Preparation) を Early-FTQC で実行可能にする新しいアルゴリズムに関するものでした。

散逸型状態準備は、高温の物体が周囲へ熱を逃がして平衡状態に落ち着くという自然界の物理現象を、量子計算に応用したアルゴリズムです。虚時間発展のように低い成功確率を補うためのポストセレクションを必要とせず、VQE のような適応的パラメータ最適化にも依存しない点が、大きな利点だと感じました。

従来は、多数の補助量子ビットや複雑な制御ロジックが必要になることが課題でしたが、この手法では結合演算子やバスの周波数をステップごとにランダムにサンプリングして適用することで、補助量子ビットを 1 つまで削減していました。さらに、逆向きの時間発展を必要とせず、順方向の時間発展のみで構成されている点も、実装上とても重要だと感じました。リソースが限られる Early-FTQC デバイスにおける実用性を高める提案として印象に残りました。

個人的には、散逸過程という物理現象を模倣してアルゴリズムを構築するという発想自体に面白さを感じました。量子位相推定などでは状態準備が前提として置かれがちで、自分の中でも解像度が低い部分でしたが、この発表を通して、効率的かつ厳密な性能保証を伴って状態を準備するための具体的なメカニズムに触れることができ、有益な機会になりました。

まとめ

APS March Meeting は、最新の研究をいち早く、しかも効率よくキャッチアップできる素晴らしい学会だと感じました。次回以降も機会があればぜひ参加したいです。今回の参加では藤井研のドクターの方々に非常にお世話になったので、次は自分一人でもある程度英語でやり取りできるようになりたいと思います。