QIP2026 (RIGA) 参加報告

御手洗グループ特任研究員の山岡です.
ラトビアはリガで開催された,量子系国際会議であるQIP2026の参加報告を行います.
QIP とは
Quantum Information Processing Conference (QIP) は,
量子計算・量子情報理論分野のトップカンファレンスに位置付けられています.
本会議は5日間にわたり、140件以上の講演(oral)と440件以上のポスター発表が行われました.
oralに選ばれるのは2割ほどと狭き門で,またここ数年参加者は右肩上がりとお聞きしています.
会場まで

ラトビアはヨーロッパの北東に位置し,国境をロシア・ベラルーシと共有します.
一年前の開催地が発表された際もラトビアはNATOであるため安全です,といった主催者のシニカルな冗談があったそうで,
直近のポーランドやリトアニアへの露ドローン侵入などのニュースもあり,
一抹の不安を抱えつつ私はトランジット地であるイスタンブールからリガ行の飛行機に搭乗しました.
リガへの到着の日はあいにくの曇り空でした.
着陸に向けて機体はバルト海まで一度出てから旋回して空港へ向かっており,
視界の取れない中で時折平衡状態を失ったかのように機体は左右に揺れ,
ベルトサインと非常口の点灯が否応なく乗客に緊張感を与えます.
やがて機体が分厚い雲をくぐり抜け,
眼下に北国独特の街灯りと雪景色が広がったときは,
機内に安堵の空気が流れていたように思います.
飛行機が滑走路に降り立つと,着陸の成功を祝す管楽器の音楽が機内に流れ,
母国に戻った人の落ち着きと旅路の人が放つそわそわ感を両方受けながら荷物を整理しました.
入国審査は情勢の影響もあってか普段より厳しく,
EU市民以外の方々のうち幾人かは深刻な面持ちで審査にあたっており,
時々別室に連れて行かれる方々もいらっしゃいました.
私の前のキリル文字圏の親子もまた審査官と何度も話をし,確認作業に時間を取っていました.
対してEU市民は特別にレーンを用意されており,それはもうスイスイと審査を終えては古めかしい扉を開けて入国していきます.
日本のパスポートを持つ自分にとって入国審査はいわば英語を使い始めるにあたっての練習といったところで,
目の前の方々のように人生が一枚の扉にかかっている場面に遭遇するとは予想していませんでした.
私は主にホテル住所,カンファレンスのinvitation letter (こちらはpurposeをsightseeingと言えば避けられます),
帰りのチケットを提示するように求められました.要した時間は1時間超.
全て見せ終えた後の「welcome」という言葉も素っ気なく,私のラトビアの印象はマイナスから始まります.
その日はホテルまでバスで移動し,あくる日チュートリアル会場へは路面電車で移動しました.
余談ばかりで恐縮ですがラトビアには鉄道,路面電車,トロリーバス,バスと公共交通手段が豊富で
特に二本の触角(集電ポールのことですが,ここではあえて)が電線に繋がれたトロリーバスは,
今や日本では見ることのできないもので,交差点で接触部に火花を散らしながら曲がる様は印象的でした.

会議の印象
私は量子系の国際会議に参加するのは初めてなのですが,
会議の傾向は理論寄り,一般的に言えば「量子コンピュータは将来どのようなことができるか」ということに重きを置いているようで,
実装やユーザビリティといった量子を「使う」側の考えとは乖離が生じているという感想を抱きました.
例えば量子コンピュータをsensingに用いるいわゆる量子情報・量子コンピュータ処理のQQアプローチに関する発表では,
ハイゼンベルグ限界を理論的に超えるsensing-processingについて紹介され,大変興味深いものでした.
ただ論文にもあるNVセンサを用いたダイヤモンドセンサはスピン変化を捉えられる点で量子センサと呼ばれていますが,
実際のところ環境の磁場変化によるゼーマン分裂を蛍光変化で取得するため,得られる情報は古典です.
論文で仮定していたような磁場周波数を直接sensingするような機構は2026年現在ありません.
この辺りの現実や古典との橋渡しについては,オラクルで仮定したまま理論展開して良いという文化を感じました.
グローバーアルゴリズムを学んだときも同様の感想を覚えましたが,
ある種の管轄外といった扱いは,理論を進める上では必要な方法です.
そしてまた自分もいくつかの管轄外を作って研究を進めています.
異なるコミュニティにいけば,管轄領域の判断は異なることでしょう.
自分はいくつかの研究コミュニティを見てきた経験があり,
どのような研究が評価されるのかは,やはりコミュニティ依存であることを改めて感じた学会となりました.
会議で気になった研究
主に最適化に関する研究と,情報理論と計算理論のgapに関する研究が印象的でした.
最近機械学習界隈で出されたEpiplexityの論文でも同様の問題提起がなされており,
量子のコミュニティでは古くからgapへの問題意識があったことに気付かされました.
勉強不足であることの吐露でもありますが,意識の比重が違ったということでもあります.
自分は全く未知の世界に飛び込んだ際,とにかく頻出する言葉を拾って,
落ち着いたときにその言葉一つ一つを丁寧に調べていくという勉強スタイルを取っています.
一例紹介します.
Gibbs (states or sampling)
私は2次元平面での探索課題でGibbs samplingを利用した過去があり,その際にGibbsという言葉を知ったのですが,
量子コミュニティでは温度という重要な物理量が関わる系を扱うとき,その系は最終的に熱平衡状態に落ち着くと考え
その平衡状態をGibbs statesとして表現するようです.
Gibbsについて学んでいる私の頭の中には,摩擦のメカニズムを調べる研究があって,
もっと身近に言うと机を滑る消しゴムや電流などが頭に浮かんでいて,
熱という何かよく分からない現象を観測することまではできています.
さて頭に浮かぶ物理現象を小さくミクロな世界まで想像していくと,分子がやがて見えてきて,
ようやくこの小さな系について解かねば我々はなぜ熱が摩擦で生ずるか説明できないことを知ります.
(一つ分かればまた分からないことが人類には生じることでしょうが…)
他にもComputational, Tomographyなど単語として知っているものでも,
理解(とここでは使わせて頂きます)することができず,
文脈の中で使われる言葉と言葉の接続を紐解くには時間を要することを痛感しました.
最後にQIPとラトビアへの感謝

ガラディナーと呼ばれるQIP晩餐会では音楽の歓待を受けました.
ラトビア現地の合唱団の歌声はまるでパイプオルガンを奏でたかのように大きな会場に響き渡り,
その間はQIP参加者の熱い研究議論も収まる他ありませんでした.
人の声だけであたかも楽器を演奏しているかのように聞こえたのですから.
やがて指揮者が演壇を降り,心地よいジャズセッションが始まると,会場は喧騒に包まれていきました.
私はこの会議の熱を感じ,人々が量子の未来について明るい展望を持っているのだと思いました.
量子の研究世界は週単位で物事が進んでいくようで他分野にいた僕にとって少々忙しなく感じるときがあります.
けれどもその根幹には人々の期待から来る競争意識があって,
そのスピードについていくような戦いにこれからも身を投じたいと思う会議でした.
そういえば夜の間にラトビアの旧市街へ行きました.

自分は東欧の歴史に詳しくないのですが,
バルト海の真珠と謳われたリガ市街はかつての戦火で一度焼失,20世紀後半から建て直したようです.
色とりどりの屋根を持つ家々,塔のようにそびえ立つ教会,迷路のような石畳の道,そして雪をまとわせて吹く風,
それらは観光客には戦火の傷跡を忘れさせてしまうほどに美しく,
しかし二度と悲劇の歴史を繰り返さないための教訓が,街の銅像には刻まれています.
ラトビアでは冬に鳥たちは遠くの地へ行くのではなく海岸で眠っているといった伝承があり,
春分の日に海岸で大きな音を立て鳥を起こすことで雪解けの吉兆とする文化があるようです.
世界にもそのような平和が訪れることを祈ります.
Paldies ラトビア
P.S ラトビアご飯
3回自炊しました.

P.S 2 パズル
異なるShapeを持つブロックを積み重ねて直方体を作ることを目指すゲームです.
初日のチュートリアルでSIVP(最短独立ベクトル問題)を習った後だったので,
このTeam Upというパズルに何か通ずるところを感じました.
